猫と俺のはなし(題名募集中)
春の冷たい雨ーみぞれが舞っている。
ふぅ
ため息をつき、覚悟を決めた俺は折り畳み傘を開き店を出た。
しかしこんな4月にみぞれなんて、何ということだろうか。
空を見上げて少し考え込む。
今日は帰ろう…。
人気のない交差点、いつもより車通りは良くない。
でも…悪くないかも…。
どうしようか悩んでいると足に何かが当たった。
みると、俺のズボンで猫が体を拭いていた。
ちっ、何しやがるこの猫。
車が来る気配もないので赤信号だったがかまわず横断歩道をわたる。
ズボンは濡れてしまっているのでもう構わないことにした。
濡れるのも構わず家までただ走った。
家についたが鍵が見当たらない。
ズボンを探っていると猫の鳴き声がした。
さっきの猫だ。
なんだ、こいつ。ついてきたのか。
しっしっ
追い払おうとしたが一向に離れようとしない。
そうこうしているうちに鍵が見つかった。
俺は賭けに出ることにした。
すなわち、急いで家のなかに入る。
鍵を開ける
カシャンと小気味いい音がした。
せーので家の中へ…
どうだ!
…失敗した。
猫はブルブルと激しく身震いをした。
お陰で玄関は水浸しになった。
勘弁してくれよ…
タオルを持ってきて猫をふいてやる。
俺は特別猫が好きなわけでもない。
何をやっているんだ、俺は…
おい、お前、どこにすんでるんだ
家は?
と聞いてみても反応はない。
当然か…
ときに動物というものは癒しを与えてくれるもので、俺もその猫の水を気持ち悪がるしぐさにすっかり癒されてしまった。
この猫、どこかで見たような気が…
という運命も感じ、俺はこの猫をしばらく家においてやることにした。
帰る場所があるなら、直に帰るだろう
どうせ、俺の家に入ってきたのも雨宿りにすぎないのだろう。
次の日は雨だった。
みぞれではないもののこの雨ではまたできない…。
猫が俺の足にすがりついてきた。
腹が減ったのか…?
昔、猫を飼っていたことがあったから餌が残っているかもしれない。
少し家を物色していると1年前に賞味期限の切れたキャットフードが出てきた。
1年前…
キャットフードを見ていると悲しいできごとが思い出されてきた。
2年前、俺は三人で暮らしていた。
俺と猫のハレ、それと俺の恋人。
恋人は料理家を目指していた。
いつも、俺のことを考えて料理してくれるようなひとだった。
ある寒い日、外でずっと働いていた俺のために鍋料理を作ってくれたり、暑い日、食欲がない俺のために食べやすい料理を作ってくれた。
そんなある日、彼女は俺にいった。
有名な料理家に弟子入りをする。
だから遠くへいってしまう。
それでも、待っていてほしい。
と、
快く送り出した俺だったが1ヶ月しても連絡がなく、だんだん不安になってきた。
2ヶ月、3ヶ月…と時は過ぎ、とうとう1年がたった。
その頃から俺は情緒不安定になる。
あるとき、ハレも逃げ出した。
仕事にも行きたくなくなり、ただ、飯を食って寝るだけの生活。
こんな生活、やめよう
空の上にいこう
そう決めたのが一昨日のこと
それを行おうとしたのは昨日のこと
しかし、生憎のみぞれ
諦めて帰ろうと思ったが、運よく(よいのかは定かではないが)人気のない交差点を見つけ、そこで行おうとしていたら、
にゃー
猫が鳴いた。そう、こいつに止められたのだった。
そう考えてみるとこいつは俺の命の恩人なのか…
いや、恩猫だな…
と、まじまじと猫のことを見ていると少し、猫の毛に違和感を覚えた。
毛の一部分が剥げている。
まるで太陽の形のように…。
そうだ、思い出した。
だから猫の名前をハレにしたんだ。
この恩猫はハレだったのか…
目頭が暑くなってきたので押さえる。
そんな俺を不思議そうに見つめるハレ。
俺は荒々しくキャットフードを差し出すとハレに背を向けた。
2年前の楽しかった日々が思い出される。
そして、思い出した。
彼女との約束ー
…連絡あげられないかもしれない。ここに戻ってくるのは何年も先になってしまうかもしれない。それでも待っててくれるの?」
「当たり前だ!ここで俺はいつでもお前がかえってこられるように準備をしておく!」
「にゃー」
ーなんで、俺は忘れていたんだ。
急いで掃除しないと…
いつのまにか出ていた鼻水をすすり、ごみを片っ端から捨てていく。
大分部屋が片付いたころ、部屋のカーテンが閉めっきりなことに今さら気づいた。
外を見たそうにハレがカーテンを引っ張る。
…わかったわかった
俺はカーテンを開けた。
そこにはー
春の雨はやみ、代わりに桜の雨が降っていた。
近くの公園の桜の木から飛んできたもののようだ。
このカーテンを開けたのも彼女と桜を見たのも遠い昔のように感じる。
「きれいだな、なあ、ハレ」
ハレを見るとやつはさっき俺があげたキャットフードをせっせと食べている。
「花より団子か、お前は…」
そのとき、玄関の戸が叩かれた。
来客?
こんなことも久しぶりだ。
戸の前に来た。
なんだか懐かしいにおいがする。
戸を開けると、そこにはー
「ただいま!」彼女がいた。
そのとき、俺はどんなかおをしていたのだろう。
窓のそとでは春の雨ー桜の花が舞っている。
Fin